『おかあさん』

こんにちは。やよいちゃんです。
今さっき、向かいのお家から「うぉーーー!!」という歓声が聞こえてきて、なんだろう?と不思議に思ったのですが、ワールドカップバレーやってるんですね。
道さんと「あー、バレーボールか」と話していると、りかちゃんが「えー。おうちでバレーボール?りかちゃんもやりたい!」というのでみんなで大笑いしました。

ここ最近、エゴサしていると「風俗大好きお姉さん、お母さんになっとる!」といった風にツイートしてくれている方をちらほら見かけます。

私自身、お母さんになったつもりでは居ないのです。実際、道さんと出会って、その娘のりかちゃんと三人で暮らし始め、うちは三人家族だと思っています。6歳になったりかちゃんも「うちはさんにんのかぞくだからね」と言います。
ただ、りかちゃんは私のことを「お母さん」とは思っていないし、私も特に「お母さん」というポジションになりたいとは思っていません。

だって、5歳の誕生日を迎えてすぐに、突然家に来るようになった私を、今まで五年間居なかった『おかあさん』だと思えだなんて、そんな無茶苦茶なことがあって良いわけがありません。
このことを説明しても「いやいやー、お母さんよ」と言われますが、別にお母さんでなくたって家族として一緒に居られたらそれが一番自然で素敵だと思うのです。

私が『風俗大好きお姉さん』というエッセイを書くにあたって、道さんも自身のエッセイを書きました。

私も、道さんが前の奥さんと何があったのか、どうして別れることになったのか、りかちゃんが道さんと二人で暮らすことになるまでのこと、なんとなく聞いては居ましたが、詳しく知ったのはこの文書からでした。

初めて道さんとデートした日の夜、道さんは私のことをじっと見ながら「僕、娘が居るんだ」と言いました。
当時、私はとても驚いたけれど、りかちゃんの写真を見せてくれる道さんが「あっ。これスカイツリーのときのやつだ」「これ懐かしいなぁ」と緩んだ顔で画面を見つめるのを見て、胸が強く掴まれる思いがしました。

「可愛いですね」
そう言うと、道さんは、何にも気にする様子なく言いました。

「僕の子か分からないけどね」

「えっ」

「前の嫁、浮気してたから」

なんて返せば良いのだろう、と思ったのを覚えています。

「けどさ、親は子を選べないし、子は親を選べない。僕は自分でこの子を選んだんだよ。幸せだよ」

そう続ける道さんの気持ちは、正直この時の私には分かりませんでした。

けど、一緒に暮らし始めて一年ほどが経ち、それは本心だったと感じることができます。
りかちゃんはとても優しくて、子供らしい良い子だし、男手一つで育ったけれど女の子らしい子です。
私が体調が悪いと背中をぽんぽんしてくれるし、お水を汲んで持ってきてくれたりします。
そして、道さんとりかちゃんはまごうことなき親子です。
大きな愛情と絆で結ばれているし、道さんはりかちゃんを、りかちゃんは道さんを想っています。

私が道さんの膝の上で寝ていると「あっ!なっちゃんずるーい!」と傍に来て、二人で道さんの膝の上で転がるとき、『三人の家族』に幸せを感じるのです。
私たち三人家族は、血縁はないかもしれません。パパとりかちゃん、そして『なっちゃん』の三人です。

これから、りかちゃんが小学校に行って、恋なんかして、中学生になったら彼氏を連れてきて道さんが不機嫌になったりして、そんなこれからの未来を思うととってもわくわくします。ずっとこの家族があたたかく過ごして行けますように、と思います。

りかちゃん、道さん、大好きだよー!


やよいちゃんでした。


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風俗を辞めて、今

こんにちは。やよいちゃんです。

普段は喫茶店や漫画喫茶で作業をすることが多いのですが、今日はカラオケ屋さんで作業をしています。
先日高橋真梨子さんのコンサートを見に行ったので何曲か歌いたい曲があって、少し歌ったら作業しようと思っていたのに気がついたらノリノリで歌っていました。

私のツイッターを昔から見てくれている方で「カラオケキャスよく見てました!」なんて言ってくれる方がたまにいらっしゃるのですが、昔ツイキャスが流行っていたころよくカラオケ屋さんで一人ツイキャスしていました。懐かしい…
基本ジャンルは広く聴いたり歌ったりするのですが、最近は昔の曲ブームが再来していて、吉幾三渡辺真知子が好きです。



さて、先日ツイートしたら思ったよりも反響があったので、今の私生活について少し書いてみようと思います。

もともと『風俗大好きお姉さん』として始めたツイッターのアカウントやこのブログ、そして5月に作った『風俗大好きお姉さん』というエッセイ本。

本を読んでいただいた方や、私と近しい人なんかはご存知かと思いますが、5年と少しの間働いていた風俗のお仕事を辞めました。
風俗が人生の軸でしたし、こんなにやりがいがあって自分に向いているお仕事はないと思っていただけに、自分でもびっくりしています。
だって、風俗で働けなかったら生きる意味なんてないと思っていたんです。本気で。
それくらい、私にとって『風俗』の世界は居心地のいいところで、お客さまとの触れ合いや交わす言葉たちに支えられて生きてきました。

家族より、友達より、恋人より、なにより優先してきたものだったので、辞めたら抜け殻のようになってしまわないか心配でもありましたが…。ちゃんと元気です。

このアカウントを作った当初は『彼氏が出来ても結婚しても子供産んでも風俗やりたい!』とツイートしたりなんかしていて、本を作り始めたときにはまだ風俗を辞める予定なんて無かったんですね。

あくまで『風俗が大好きになる現時点までのいろいろ』といった中身にする予定が、書いている途中で風俗を辞めることになって、今の彼(道さん)との出会いから風俗を辞めて今に至るまでのお話になりました。



道さんは、簡単に言えばお店のお客さまで(初対面はお店で、では無かったのですが、ちょっとややこしいのと身バレが怖いので省きますね)私はベタ惚れしてアタックにアタックを重ねてお付き合いすることが出来ました。

道さんはいわゆるシングルファーザーで、娘のりかちゃん(今月末に6歳になります)と一緒に暮らしていることを知った時には驚きましたが、今は三人暮らしでみんな仲良く暮らしています。

「娘ちゃん、懐いてくれてるの?」なんて心配されることもありますが、今や「なっちゃん(私)とお風呂はいる!」とか、ご飯を食べる席も「お隣はなっちゃんじゃなきゃいや!」ととっても仲良くしてくれています。私が来てから、何年かぶりに道さんが飲み会に行った時なんか「じょしかいだね!寝ないでおしゃべりしよう」と女の子同士の時間を楽しんでいます。

面白かったのが、初めて一緒にお風呂に入った日、りかちゃんが「なんでおっぱいのところ膨らんでるの?」「なんでおまたに毛があるの?」と目をまんまるくしてびっくりしていたこと。

私の生理用品を戸棚の奥から発見したりかちゃんが「なっちゃんオムツなの?」と聞くので「女の子は身体が大人に近づいてくるとときどきおまたから血が出るんだよ」と言ったら青ざめていたこと。

こんなことを話すと「やよいちゃんもお母さんかー」と言われるのですが、私は特にりかちゃんの『お母さん』で居るつもりはありません。

りかちゃんは物心がつく前に道さんと二人の生活が始まっていたので本当のお母さんのことは知らないけれど、私がりかちゃんと初めて会ったのがりかちゃんがちょうど5歳になったばかりのころで、いきなり現れた私を『お母さん』として見てというのも不自然なことだと思いました。

それは道さんも同じ考えだったようで、私とりかちゃんは『お友達』として関係をスタートして、約一年間一緒に暮らしてお互いを『家族』と呼ぶようになりました。

『家族』といっても、親子でもなければ兄弟でもないし、血が繋がっていないのも理解した上で、りかちゃんは「うちは三人かぞくだもんねぇ」と言ってくれます。


本でも書きましたが、私の両親は私と道さんの付き合いに大反対していて、子供がいると知ると更に怒り狂っていましたが、今では「今度またりかちゃん連れて帰っておいでよー」と言うくらい仲良しですし、実家から頻繁にお菓子が届きます。(それも決まって作ってみよう系のやつ…。私が子供のころは買ってくれなかったのに!)



「家事は女の子の仕事じゃないよ」「時間や気持ちの余裕でできるときにやればいいんだよ」と言ってくれる道さんのお陰で、今はのんびり次の文学フリマに出すエッセイを書いたり、ご飯を作ったりして毎日過ごしています。

今後は平日昼間にパートで働きたいなぁと今職探し中なのですが、家の最寄りでは15件不採用をくらいました。平日昼間に、お迎えに間に合う+ご飯の支度が出来る時間まで雇ってくれるところって少ないんですね。

どこも平日は人手が足りているようで「土日両方出れるなら…」と言われる率100%…。

りかちゃんが今まで道さんと二人で暮らしてきて保育園に居る時間が長かった分、なるべく早めにお迎えにいってみんなでお家でご飯を食べ、家族の時間を増やしたいので悩みどころです。

誰か、パート先紹介してください。もしくは一生懸命書くので何か書き物の依頼をください…!



実はこのブログや書いたエッセイなどの校閲はときどき道さんがしてくれていて、もちろんツイッターのアカウントも知っています。

初めはドキドキしながらアカウントを教えましたが、手を叩いて笑ってくれました。さすがに器デカすぎやろ…と思った記憶があります。



さて、実は道さんも私がエッセイを作ったのを見て一冊本を作りました。

道さんがシングルファーザーになるまでの経緯が書かれたエッセイです。私も詳しい話は聞いたことが無かったので、読んでびっくりすることだらけでした。



200円で購入できるので、よかったらぜひ。

Kindle unlimited だと無料で読めます!)



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生きてきていろんなことがありましたが、生きる希望を与えてくれている道さんとりかちゃんに、少しでも恩返しのできるように精一杯生きたいと思います。

そして、風俗のキャストは引退しましたが、風俗関連のお仕事はまだまだやっていきたいと思っていて、風俗店で心理カウンセラーとして雇ってもらう形でお仕事ができるように、現在専門学校に通って資格取得中です。その他にも何かあればいつでもご依頼お待ちしています。



道さんとりかちゃんとの生活についてはまだまだ書きたいこともあるのですが、長くなりそうなのでここらで一旦終えますね。



「やよいちゃん幸せになったんだね。おめでとう」と言ってくれた方たち、ありがとうございます。

今はちょっと梅雨シーズンのせいか調子崩してますが、早くりかちゃんとプールに行きたいです。



それでは、やよいちゃんでした!

人見知りで何が悪い


こんにちは。やよいちゃんです。

昔からずっと『タバコが吸えるおにぎり屋さん』があったら繁盛しそうだなと思っています。
先日東京駅の八重洲地下街で喫煙所に入ろうとしたら長蛇の列が出来ていて、喫煙者は肩身が狭いなぁと感じました。
喫煙所も次々封鎖されていくので、喉が渇いてなくても喫煙可の喫茶店に入ってしまうこともしばしばです。

こうやってカタカタと作業をしているときも喫茶店を利用することが多いのですが、家で作業が出来ないタイプなので毎日喫茶店に通ってお腹が空いたらサンドイッチかトースト、というループを繰り返していると、お米が食べたい…お米の粒が恋しい…とお米欲が広がります。
茶店におにぎりが置いてあったら…いや、お味噌汁と温かいお茶、そしてバリエーション豊富なおにぎりが置いてある喫煙可のお店があったら…!

このブログを見て頂いている方でお店を開こうと考えている方が居たらぜひ作って頂きたいです。



今回は、私の『人見知り』について書こうと思います。

「私、昔人見知りだったんで」というと「またまた〜」と言われることの多い私ですが、実際今も人見知りだし、よく喋るけど内面はド緊張しています。

まず、人とご飯を食べるのが苦手です。

自分の食べたいメニューを選べないんですよね。メニュー表を見て、あ!お肉たくさん乗ってるやつ美味しそう!と思っても、一緒に食べている相手が「これ野菜いっぱい乗ってていいなー」なんて言った日にはもうお肉の選択肢は消えます。
だって、お肉でがっついてると思われたら嫌だし…。私最近太ったし、デブはやっぱり肉が好きだと思われたら恥ずかしい…。よく見るとナイフで切って食べるタイプのお肉じゃん。うまく切れなかったらみっともない…。
取り敢えず無難なメニューは何かと探りを入れてからメニューを決めます。

さて、「お待たせしましたー」と店員さんが料理を持ってきてからがまた不安と羞恥との戦いです。
「そういえばこの間さー」パクパクもぐもぐ、ご飯をするする食べながら話し出す相手に背筋が凍ります。食べてる途中にうまく喋れないし、食べるペースを合わせないといけないし、あっ先にスープ飲むのね!?てかフォークとお皿ぶつかってガチャガチャしちゃってるの私だけだ、どうしよう、なんかもう味が分からん、お腹空いているのかも分からん、お腹がへんな感じがするもう早く帰りたい!!!!!!

私の場合は誰かと美味しいご飯を食べていてもこんなことで頭がいっぱいでした。そして帰ってくるとドッと疲れていて、なんいつもこうなんだろうと後悔の嵐…。

勇気を出して親や近しい人に相談したとき何度も言われた「そんなの誰も気にしてないよw」「自意識過剰だよw」の言葉も、分かってはいるのです。

電車の席に急いで座るとなんだか意地汚いかな。せっかく好きなライブに行ってもみんなのノリ方に合わせなきゃということで頭がいっぱい…。失敗したら恥ずかしい。友達がスマホ弄り出したら見るものなくてもスマホ弄らないと…。ていうか私歩き方変?私呼吸していて息荒くない?変じゃない?お腹が空いたって言えない…。

直近の私を知っている人は「うそだー!」と思うかもしれませんが、私はずっとこういった思考に取り憑かれていて、だれかと会って遊んだり、ご飯を食べたりするだけでなく、歩いていても座っていても家に居ないときは『誰か』の視線を気にして生きていました。
これって病気?ただの人見知り?気にしすぎなだけ…?

そして一番嫌だったのが職場での飲み会や二次会のカラオケ。

サラダ取り分けると「女子じゃんw」と言われるし、かと言ってなにもしないと気を使えない子みたいだし、というかこのからあげ人数分ないから食べちゃダメだよね、みんなビール飲んでる中カシスオレンジ飲んだら笑われる?というか「本当に良い子だよね」「大人しいよね」とか言わないで…。

「全然歌ってないじゃん〜ほらマイクとデンモク!なんでもいいから歌ってよ!」なんでもいいとか言って暗い曲いれたら「個性的w」とか言うんでしょ、「歌わないならタンバリンはい」とか待って待ってタンバリン渡さないで曲のどのタイミングで辞めたらいいのかわかんないじゃんかといって真面目にタンバリンずっと叩いてるのも変だし…!

本当にかなり親しくならない限りは『人』との関わりが苦痛だったし、そのために諦めてきたこともたくさんたくさんありました。

家の中では良く喋るし、本当はおとなしい子でもなんでもないのに…そう思うと悔しくて情けなくて泣いてしまうこともありました。

これは、今でも治ってません。というかずっとこのままだと思います。今はこれが私の性格だと思って受け入れているし開き直っています。

でも『どうせ私はみっともないんだから開き直っちゃえ!』という思考に辿りつくまでは何年も何年もかかりました。

「顔面にピアスを開けたら自分の意思がはっきりしてそうに思われるかも」

「きっついお化粧をしたら人見知り感でないかも」

「取り敢えず金髪にしたら舐められないかな…」

まずは見た目から!と思いましたが、特にこれは効果は出ず…


そんなときに、ツイッターで出会った女の子とのオフ会をキッカケに、私は『人見知りしない人風』を装うことができるようになりました。

というか、人見知りで何が悪いんじゃ!と開き直ることが出来たのです。

その女の子はとても美人な子で、物言いもハキハキした、いわば私の『苦手なタイプ』の女の子でした。

一緒にファミレスに入って、彼女がハンバーグのセットを頼み、私もそれを真似てハンバーグを頼んだのをよく覚えています。
しばらくして店員さんが鉄板の上にじゅうじゅう音を立てながら乗ったハンバーグを持ってきて、私と彼女の前に置きました。
いつものように緊張しながらハンバーグを食べていましたが、サイドのグリンピースとコーンがフォークでうまく掬えず、私はまた焦り始めていました。

「手、震えてるよ。大丈夫?」

「そう?そうかな、なんでかなー」


目をぎょろぎょろさせながらグリンピースと向き合う私に、彼女は熱くなくなった鉄板を持って斜めにし、グリンピースとコーン、そしてハンバーグのソースをまだ少し残ったライスのお皿にでろっと移しました。
そしてテーブルの端からスプーンを取り出し、ライスとソースとグリンピースを混ぜて食べ始めました。
そして彼女は「え、グリンピースのとこ食べないの?ちょうだい」と言って私の分までライスのお皿にでろっと移して食べました。

この彼女の食べ方が汚いとか、マナーがなってないとか、そんなことは私にはどうでもよくて、初対面の相手とここまで気を抜いてリラックスしてご飯を食べられる彼女が格好よく見えて、私は「緊張、緊張してるんだ、私」と言いました。

「緊張?なんで?」

「なんか、よくわかんないけど緊張しちゃう。人見知りなんだと思う、から手とか震えてて」

「やっぱさっきからずっと震えてるよね?w」


『緊張している私』を初めて伝えたときに、今までの緊張感が少し薄れる感じがしたのが分かりました。

それから、彼女に『私がいかに人見知りか』という話をすると、「逆に羨ましいよ。私なんか緊張感ないしガサツだし。でもそのレベルで人見知りはすごいなw」と笑っていました。


それから私は、緊張したとき、意見が言えなくなったとき、手が震えたとき、自ら言うようにしました。

「私すっごくすっごく人見知りで、緊張して手とか震えるけどあんまり気にしないでほしいんだ」

「ナイフとフォークうまくないからお箸貰ってもいい?」

「おしゃれなお店はなんだか居心地が悪いから、違う場所にしてもいい?」

『緊張している私』を開示したときに少しだけ安心できたあの感じを忘れずに、どんどん自ら『私が認めたくない私』を会話の中で話すようにしました。

もちろん恥ずかしかったし、自分の弱いところを見せるのは勇気が要りました。

でも『私は弱い人間だ』と言うことで、相手も『私だってこんなとこあるよ』と自己開示をしてくれたり、それによって仲が深まったりすることもありました。

「大人になったのにおねしょをしてしまった」といった失敗談や、太っているというコンプレックス、脇毛を剃り忘れて来ちゃった、なんて緩んだ部分、自分の恥ずかしいところ、みっともないところ、全部全部自ら先に解放してしまうと、どんどん話すことが苦痛じゃなくなって、そして自分の弱みも気にならなくなっていきました。

そして自分の弱い部分を晒して、相手の弱い部分を知っていくたびに、人間はみんな恥ずかしくてみっともない部分を持つんだな、なんて当たり前のことに気がつきました。

アイドルだって鼻くそが付いてることもあるし、あの美人なモデルさんだって下痢してトイレで神様に祈ることだってある。
会社のあの気の強そうな怖い先輩だって彼氏に振られて泣く。威圧感のあるイケメンだってお風呂に入らない日があったり、あの同級生の優しそうなお母さんだってカップ麺で夕飯を済ますこともある。どんな人間だってオナラをするし、よだれが冷たくて朝起きたりするし、口が臭いときや足が臭いときがある。

完璧な人間なんて存在しないんだ!

私は、これを長い間地道に地道に続けることによって、自分が生きやすい環境を作れるようになりました。

未だに初対面の人と会うときは緊張もするし、大人数のカラオケなんて大嫌いだけれど、どっしり抱えていた岩が石ころくらいにはなったような気がします。


ここで最近の私の恥ずかしい話を一つ。

先日毎日買い物しているSEIYUのお惣菜コーナーでうんちを漏らしました。

今年に入ってパンツを捨てたのは2回目です。

みんながもっと生きやすく、失敗やコンプレックスを語り合って楽しくすごせるようになりますように。


それでは、やよいちゃんでした!

初恋のゆりちゃん

こんにちは。風俗大好きお姉さんです。

実際にお会いした方に「思ったよりも健康そうでびっくりした」とか「意外に腕綺麗なんですね」と言われることがあります。

健康です。



今回は、私の初恋について書いてみようと思います。



私が初めて人を好きになったのは小学四年生のとき、相手は同じクラスだった女の子のゆりちゃんでした。

ゆりちゃんはクラスの中でも見た目は地味な子で、かといって気が弱いわけではなく、男の子にからかわれても怯まずに歯向かっていくような女の子でした。

ゆりちゃんのお家は今思えばすごく貧乏で、着ている服も何着かしか見たことが無かったし、といってもその服も洗っているのかすらも分からないほど汚れてよれていました。



みんなが授業で使う持ち物を学校に持っていくのに可愛いキャラクターの手提げ袋やお母さんの手作りのものを持つ中、ゆりちゃんはスーパーのビニール袋に図工の道具などを入れて来ていて、クラスのみんなも、幼いながらになんとなく『ゆりちゃんは汚い貧乏の子』といった認識があったように思います。



ゆりちゃんと仲良くなったのはクラスの中で二人ずつ構成される委員会が一緒だったからで、強気でハキハキとものを喋るゆりちゃんと居るのは居心地が良かったし、お互いが親友のような関係性になるのはすぐのことでした。



ゆりちゃんのおうちはアパートの2階にあって、ゆりちゃんは「おうちに友達入れたらお母さんがすごく怒るから」と言うので、私たちは公園や、雨の日なんかはアパートの階段下の少しスペースの出来た場所で遊びました。



それでも一度だけ、ゆりちゃんのお母さんに内緒でゆりちゃんにお家に入れてもらったことがあります。

今まで入ったことのなかったゆりちゃんのお家に入れるのが嬉しくて、でもゆりちゃんのお母さんにバレないか少しドギマギしながらもアパートの階段を上がり、薄いアルミのドアを開けるゆりちゃんに着いていくと、そこは見事なゴミ屋敷でした。



玄関に散乱する汚れた靴、リビングには所狭しとコンビニやスーパーのゴミ袋が散らばっていて、大人が読むであろう表紙の漫画本に飲みかけのペットボトルの山…

『こういうの、テレビでみたことあるな』そう思ったのを覚えています。

ゆりちゃんは嬉しそうに「この漫画が面白くて」とか「麦茶ならあるよ。飲む?」と部屋の中を案内してくれて、なんとも言えない生ゴミのニオイと、手を繋いでいるゆりちゃんの少しぎとぎとした手に言葉が出ませんでした。



「ねぇ、秘密の話していい?」



「うん。なぁに」



「私、一週間に一回くらいしかお風呂に入ってない。歯磨きもしてない」



「えっ。そうなの」



「嫌いになった?」



「…なってないよ」



「本当に。ありがとう!やっぱりやよいちゃんはうちの親友だね」



ゆりちゃんは、今思うとまともなご飯も食べていなかっただろうし、服も洗ってもらえてなかったように思います。

気のせいかと思っていたけれど、ゆりちゃんからはくさいにおいがしていたし、歯は子供なのに黄色くて、口の周りはいつも汚れていました。



それから、私たちは変わらず親友でした。毎日学校が終わると一緒に遊んでいたし、ゆりちゃんは駄菓子屋さんに行くお小遣いをもらっていなかったから、一緒に駄菓子屋さんに行って私が買ったお菓子を半分こして食べました。



そんな私たちのこの関係性が終わってしまうのもこの後すぐでした。

私たちの中に、なつちゃんという女の子が加わるようになってからです。



なつちゃんは大人しくて女の子らしい小さな子で、ゆりちゃんが声をかけて仲良くなってから私たちは三人で遊ぶようになりました。

なつちゃんもすごく優しい子だったので、三人で遊ぶようになってからも、いつもの楽しい空間は変わらないまま、いつものゆりちゃんのアパートの階段の下で遊ぶ毎日でした。



しばらく経ったある日のことでした。

三人で遊んでいるとき、ゆりちゃんがなつちゃんに「ねぇ、秘密の話があるんだけど」と言いました。

私は、すごく嫌な予感がしました。



「うちね、実はお風呂に…」



「まって!」慌ててゆりちゃんの口を手で塞ぎました。



ゆりちゃんのその暴露は、なつちゃんを信用してのことだったのかもしれないし、お風呂に入れない環境であることを相談したかったのかもしれません。

でも、私はそれをなつちゃんに知られることがすごく嫌でした。



私の、ゆりちゃんの、私だけが知っている秘密。

お風呂に入っていないなんて、ほかの人だったらイヤっていうけど、私だけは知ってて、ゆりちゃんの傍に居るのに。

どうして私だけ知ってちゃいけないの!?



その時に、私は初めて自覚しました。

わたし、ゆりちゃんのこと好きなんだな。親友としてではない。これは、漫画で見ていた、あの自分じゃどうしようもならないような気持ち、これが恋なんだな。



初めて感じたこの気持ちをすぐにでもゆりちゃんに伝えたくて、私は後日一人でゆりちゃんのお家のドアをノックしました。

すぐに「はーい」とゆりちゃんのお母さんが出てきて、「ゆりー、やよいちゃんだよ。」と家に居たゆりちゃんに声をかけてくれました。



「やよいちゃん。どうしたの?」



「ちょっと、話したいことがあって。」



二人でアパートの階段の下に座ると、私は緊張しながら言いました。



「あのね、私、ゆりちゃんのことが大好き。」



「うん?うちもやよいちゃんのこと大好きだよ。」



「違くて。その、…恋愛みたいな。一番の好きだよ…。」



ゆりちゃんは少し固まったあとすぐに、にっこり笑って「ありがとう。でも、私は親友として好きだから。ごめんね」と言いました。





その後、ゆりちゃんと遊ぶこともなくなりました。というのも、気持ちを打ち明けてしまったことが気まずかったのではなく、高学年になって自然と私は派手なグループに属していたし、ゆりちゃんは変わらずクラスの子に遠巻きにされていました。



同じ中学校に進学したけれど、それからも特別話すこともなく、私たちは卒業を目前にしていました。



卒業式の前日に行われた卒業文化祭では、それぞれ有志で集まった子たちが出し物をしていて、私はバンドの出し物をする子たちに「キーボードが足りないから」と頼まれてサポートメンバーをして、ほかにはAKB風で歌って踊るグループが居たり、男の子がふざけてオタ芸を披露していたりしました。



そんな中、ゆりちゃんと変わらず仲良しだったなつちゃんがステージに出てきて、ステージにはボーカロイドの曲が流れ始めました。

ゆりちゃんとなつちゃんが踊り始めたとき、会場はドッと沸きました。



運動神経がなかったゆりちゃんは、ボーカロイドのテンポの早い曲で上手とは言えないダンスをしていて、会場にはバカにする笑いが響いていて、それでもゆりちゃんは笑顔でした。

私はなんだか泣きそうになりながら、早足で会場を出るのでした。





大人になってから、地元に帰ったときに一度だけゆりちゃんとすれ違ったことがあります。

噂には聞いていたけれどゆりちゃんのお母さんは脳梗塞で倒れてしまってから下半身付随になってしまったらしく、車椅子に乗ったお母さんをゆりちゃんがにこにこしながら押していました。



すれ違った時、お互い目が合ったような気がします。でも、私たちはどちらからも声をかけませんでした。



化粧気もなく、変わっていないゆりちゃんの姿に、心臓がキュッとするのが分かりました。









やよいちゃんの初恋のお話でした。



それでは、また。

風俗と差し入れ

こんにちは。風俗大好きお姉さんです。

今までこれといった嫌いなものってなかったのですが、最近生のサーモンが苦手なことに気がつきました。炙ってあれば食べられるのですが…。

前回のブログから大分期間が空いてしまいました。
5月6日の東京文学フリマに「風俗大好きお姉さん」というそのまんまのタイトルでエッセイを出させて頂いたのですが、本を買いに来て頂いた方にも「ブログ楽しみにしてます」と声をかけて頂くこともあったり、可愛い差し入れを頂いたり…。
100部ほど用意した本も早い段階で完売という形になりまして、本当にありがとうございます。とっても嬉しかったです。

Twitterでも「文フリ行けなかったのですが本欲しいです」といったお声かけをたくさんして頂いて、ようやく通信販売の準備も整いそうです。お待たせしてごめんなさい。
当初の予定とはちょっと変わってしまったのですが、BOOTHという本サイトを通じて販売予定です。
興味を持ってくださる方が居ましたらそちらの方も宜しくお願い致します。
(ちなみにkindleでも販売を始めました。)


本の最後のページにおまけコーナーを作ったのですが、これが意外と好評だったので、今回はブログでも『差し入れ』について書こうと思います。

差し入れって、本当に色々なものを色々な形で頂きます。
お菓子や飲み物といったものから、洋服、アクセサリー、お酒、ご飯やメイク用品、生活雑貨…。
悪意があってか偶然か、カビだらけのフルーツや、よく分からない薬やお手製ドリンクなんてものも頂きますが、大抵は嬉しいものばかりです。

お仕事柄特に多いのがアダルトグッツやセクシーなコスプレ類。
実家に住みながらお仕事していたときなんかは、アダルトグッツはなんとしてでも、とタンスの奥の方にしまっては時々取り出して使っていて、コスプレ類に関しては「次もこれ持ってきて着てよ」なんてご要望もあったりするので親には「コスプレが趣味」ということにしていました。
(ギリギリチョップな水着やセクシーすぎるものなんかは親の居ない隙を見計らって洗っていましたが、正直大変でした…。お店によってはスタッフさんがお店のものと一緒にクリーニングしてくれたりすることもありました。とっても有り難かったです。)
電マなんて多いときには20本くらい持っていましたし、バイブにローター、とびっこ、乳首吸引器なんてマイナーなものも含めるともうとんでもない数のアダルトグッツが家のタンスの中にありました。そのおかげでオナニーには困らなかったです。

手作りのお菓子やご飯、お弁当、お漬物を頂くこともあって、私は仲の良いお客さまだと特に気にせずむしゃむしゃ頂いていました。
でも、Twitterの風俗で働く女の子たちを見ていると、お腹を壊しただとか、睡眠薬が混入されていて気を失ってしまったとか、怖い話もたくさんあるので、女の子たちは充分に気を付けて欲しいですし、逆にお客さまたちも女の子が警戒してしまうのもわかってあげて欲しいなと思います。

働いていたお店に居たキャストの女の子の本指名のお客さまで「か、かっこいい…」と思ったのは、手作りのものを食べてもらいたいけど警戒されるだろうから、とプレイ時間内でキッチンスタジオを借りて目の前で作って女の子に食べてもらう方の話を聞いたときです。
たしかに、目の前で清潔にお料理されているのを見たら安心ですよね。
もちろん、抵抗のある女の子も居るとは思いますが…!

私は何故かお客さまからお洋服を頂くことが多かったのですが、男性から見るとサイズ感って伝わりにくいのか、度々サイズが合わずに「次お店で会うときに着ていくね」の約束が果たせなかったりすることもしばしば…。
「そのTシャツかわいいですね」と言ったらその場で脱いでプレゼントしてくれた方も居ました。

ちょっと衝撃的だったのは「これ美味しいよ」と言われて頂いた使いかけの香味ペーストや、「お昼残っちゃったから」と貰った齧りかけのバター…。

あとは身につけていたピアスを貰ったり、好きだと言ったビールを一箱頂いたり、「連絡先交換できないので…」と言ったら「これなら良い!?」と連絡を取るために頂いた契約したての新品のiPhone。ウェディングドレスにダイヤの付いた婚約指輪…。

長年風俗のお仕事をしていると本当に色々なものを頂く機会があって、面白いなぁと思います。


差し入れを持ってくる理由っておそらく人によって様々だとは思うのですが、どれもみんな嬉しいです。ありがとうございます。
何が嬉しいかって、その物が嬉しいというよりは、私と居ない時間に私と過ごす時間のことを考えて、私が何を貰ったら喜ぶかを想像してくれている時間があることが嬉しいのです。

ただ、差し入れ何がいい?と聞かれる場合は本とかCDをおねだりすることが多かったです。
「○○さんの一番好きな曲のCDください」
「○○さんのおすすめの本ください」といった感じで…。

聴き終わったり読み終わったりした後に感想を言い合えるのも嬉しいですし、そのお客さまの感性が読み取れるような気がして、共感できるところや、お話聞いてみたい部分が見つけられてすごく会話が弾みました。
なにより、自分も新しい世界に触れるのってとても楽しいですしね。


差し入れなんかいいのに、来てくれるだけで充分なのに…と働いていると思うし、それはもちろん嘘ではないのですが、自分は風俗を利用する側に回ると(レズ風俗)、お気に入りの女の子に何を買っていこう、そういえばこれ好きだって言ってたな。お酒、飲むかな、煙草はあっても困らないだろうしカートンで買っていっても迷惑じゃないかな…と悩んでしまいますね。
喜んでくれたら嬉しいし、覚えててくれたら嬉しいし、なにより選んでる瞬間ってすごく楽しいんですよね。

差し入れってあげる方も貰う方も本当に感じ方それぞれなので一概にどうとかは言えないですが、きっと純粋に応援の気持ちであげるプレゼントを喜ばない女の子は居ないと思います。
(差し入れ自体にトラウマがある子も居るので、仲良くなってからがベストだとは思うけれど…。)

私が風俗のお仕事をする上で大事にしていたのは「お互い楽しく気持ちよく」なので、心も身体もお互いが気持ちよくお別れできたらいいなと思います。


なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが、今回はこの辺りで終わろうかなと思います。

皆さんの風俗ライフが、素敵なものでありますように。

それでは!

(差し入れで貰ったTシャツやお洋服、うちの母が気に入って着ているのはここだけの秘密です)

ちょっと三途の川見てきていいですか


この文は、文学フリマで『ちょっと三途の川見てきていいですか』という合同誌に参加させて頂いた時のものです。

若干の修正はしてありますが、いつもの記事とかなり違ったものにはなっているので、ご了承くださいませ。









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めりさんからこの合同誌のお話を頂いたときに、即決で参加したい!と思った。「ちょっと三途の川見てきていいですか」、とっても素敵なタイトルだと思った。







17歳から19歳の、まさに青春、といえるはちゃめちゃに楽しいであろう時期に、統合失調感情障害(統合失調症と躁鬱の症状が両方ある病気)を発病してから毎日発狂するほど死にたかった。というか、現に発狂しまくっていた。ただひたすらに辛かったので、『死ぬ』ということ以外は何も考えて居なかった。



300錠を超える安定剤のOD、お風呂での瀉血、トラックへの飛び込み、あと少しのところでマフラーの結び目が解けてしまった首吊り、4回自殺未遂して、まぁ4回とも失敗た。

今思うと何故なのかは分からないけれど、19歳のうちに絶対に死にたい、という思いが強くあった。

まだかなり暑い夏の日の夜、今度こそ、今度こそ、今度こそキメるぜあの世行き!!と、意を決して挑んだのは練炭自殺だった。




当時、ツイッターのフォロワーがかなり居たので、「一緒に本気で死んでくれる人居たらDMください!」みたいなことを、軽い気持ちで呟いたら(今思えば、死にたいなら一人で死ねや!と思うが、やっぱり一人では怖かったし、なにより死ぬ時まで一人ぽっちは寂しかった。)
ツイッターの通知が鳴りまくって、かなりの量のメッセージが来た。ツイッターは死にたい人に溢れているらしかった。


男の人は身体目的かもしれないし、もういい加減にヤラれてポイ、はゴメンだ。年の近い女の子がいい。そう思った私は、適当に3人くらいと連絡を取って、結局、大阪に住んでいるという少しだけ年上の女の子と一緒に自殺することにした。


最後だから、と、ホストクラブに行って散財をした。風俗の仕事をしていたのもあって、お金はたくさん持っていた。

どうせだから、使いきっちゃおうか、と、どうせ死ぬのに、欲しいものをたくさん買って、普段食べないようなものを食べて、高いお酒を飲んだけれど、一つも楽しくなかった。


いざ練炭自殺を決行するまでにはめちゃくちゃに色々あった。

手持ちの睡眠薬が心許なかったので、フォロワーに売ってもらったり、声をかけてきた人に、一発ヤらせる代わりに薬を大量に貰ったりした。

新幹線で大阪に着いたはいいけれど、私たちは車の免許すら持っていなかったので、小さなバイクに乗ってホームセンターで七輪と炭を購入し、駅まで出ると電車に乗り換えて、二人で抱えて運んだ。七輪二つと炭を抱えて電車に乗って、よく通報されなかったなぁと思う。



通常、練炭自殺は車の中でやることが多いというが、車が無い私たちはラブホテルで決行することに決めた。


受付でなにかいわれるんじゃないか、と思っていたけれど、にこやかなおばちゃんに鍵を渡されて、部屋に入り、準備をした。遺書を書いて、お酒を飲んだ。どうせ死んじゃったら関係ないし、ピザでもとろう、と、宅配ピザを食べ、はしゃいだ。


「そろそろ、やろうか」と言った。すると、女の子が、「やっぱり、こわい!」と言い始めた。


こんなところで引き返されても困る。私はお金も使ってしまったし、ようやくここまで来たんだ。私は、絶対に死にたい!死ぬしかない!死しか道は無いのだ!


私は、「それじゃあ、私は一人でもやる。自殺道具一緒に運んだんだから、あなたは自殺幇助で捕まるね。いいの?」と言った。

すると女の子は、「やっぱりいっしょに死ぬ…」と泣きながら言った。


そんなこんなで決行に至り、お風呂場にガムテープで目張りをして、ものすごい量の睡眠薬をお酒で飲み、着火剤に火を付けたところで、あっという間に意識が飛んだ。




まぁ、今回も例のごとく失敗し、目が覚めたら大阪のド田舎の閉鎖病棟に居た。


今思えば、一緒に(むりやり)自殺未遂をした女の子が死んでなくて、本当に良かったと思う。でも、それほどまでに、私は死ぬことに必死で、早く死ななければいけない、と焦って居た。








少し入院中の話をしようと思う。



大阪の田舎の、その病棟のなかには、マトモに話が出来る人が3割、そうでない人が7割くらいだった。

聞き慣れない関西弁、飛び交う怒声と喚き声と悲鳴やら喘ぎ声。

閉鎖病棟に入るのは初めてでは無かったけれど、ここの病院にはまあ驚かされた。



最初のうちは保護室だった。手足も拘束されて、尿に管を入れられ、睡眠薬で朦朧とする意識の中、なんだか母親が泣いて喋っているのが聞こえてくる。


これは、夢?いや、違う、あ、私、また失敗しちゃったんだ…と思ったら、どんどん涙が溢れてきた。

泣いている母親に、こんな娘でごめんね、と謝りたかったけれど、まだ薬が抜けていないのか、全く唇を動かすことが出来ずに、目を瞑った。




尿の管を取って貰い、すっかり身体が回復したあとも、トイレも丸見えの犬小屋みたいな部屋だった。ずっと寝ていると身体が気持ち悪くて、のそのそ犬小屋の中を歩き回っていると、リビングルームから他の患者さんたちがが近寄って見てきて、動物園のパンダにでもなった気分だった。


まあそれも少しのことで、様子を伺いにくる看護師さんに、「もう大丈夫です」「反省しています」と伝え続けた結果、暴れず、発狂もせずにじっとして居たのもあってか、すぐに4人部屋に移された。

病棟の中で最年少の19歳、当時まっきんきんの金髪頭の私は、患者さんたちからしても物珍しかったらしく、たくさん話しかけられた。



「なぁなぁ、ウチな、妊娠してんねん。赤ちゃんおるんやで、お腹ん中に。多分4年前にレイプされた時の子やと思うんやけどな、赤ちゃんに罪はないから産みたいねん。あ、なぁなぁ、大麻ってやったことある?シャブは?うちバナナ食べれへんのやけど食べる?」


「タバコ吸われへんやろ、こうやって鉛筆の芯の方を咥えてな、スーっと吸ってハーっと吐く、そんでな、そうするとな、それで、それでな…あぁもうダメだ…」

「だれか看護師さんよんでー、また〇〇くんが鉛筆で腕刺してもうたでー」




毎日、みんなの居られるリビングルームの廊下の端の方でセックスしようとして怒鳴られてるカップル、私を娘だと思って追いかけ回し、トイレまで付いて来るおじさん、オムツを履いて赤ちゃん言葉で話す29歳の太ったお姉さん、人をカマで斬ってしまい捕まりたくないからおかしいふりをしてるらしいお兄さん。水依存症でトイの水を飲んでしまうおじさん、暴れて叫び踊るおばあちゃん、一人で呪いのノートを書き続ける女なんだか男なんだか分からない人。



こんな病院だったと話すと、周りの人から「ヤバいね。」と言われたけれど、私はこの病棟が面白くてしょうがなかった。



病棟では、みんな、口を揃えて「死にたいなぁ」と言った。

まともに会話ができない人も、うんうん、と頷いていた。


私も、「死にたいね」と言った。



びっくりするほどやることが無かったので、暇つぶしにみんなで院内で麻雀をしたり(みんなイカれてるもんで、ルールもクソも無かったけど)、ものすごい色合いで塗り絵をしたり、何語なんだかすら不明な内容のお手紙を書きあったりした。


眠れない日は、誰かが飲まずに隠し持っている睡眠薬を、他の薬や、お菓子に交換していた。(薬は看護師さんの前で飲んで、口の中に無いかまでチェックされたが、飲むフリをして、わざと落として後で回収したり、コーティングされた睡眠薬なんかだと、舌の裏なんかに隠してあとで吐き出して保管したりしていた。)


病院のご飯は味が薄くて足りなかったけど、拒食症の痩せほそったお姉さんが、看護師さんの目を盗んで、私のお皿の中におかずをくれた。

こっそり洋服の中に隠したバナナやみかんを、女子トイレで交換したり、「今女子トイレの中にヨーグルト置いてきたから、後で回収しーや。ウチヨーグルト嫌いやねん。」みたいなこともあった。


お風呂は看護師さんが見守っている中で2人ずつ入った。浴槽もあったが、誰かがすぐにおしっこを漏らしたりするので、私は入らなかった。

身内に持ってきてもらったりすると、良いシャンプーや洗顔料を使うこともできたが、可愛いパッケージや良い香りのするものはすぐに盗まれたので、みんなと同じものを使っていた。



母も父も、新幹線で大阪まで毎週来てくれた。当然だけど、なんだか疲れているようだった。私は、なぜ死んではいけないのか分からず、次は飛び降りるか、なんて懲りもせず考えて居た。




少し経って20歳の誕生日を迎えたとき、看護師さんや、病棟のみんなに「おめでとう」と祝って貰った。

よく一緒にご飯を食べていた一人のお姉さんだけは、耳元で「次の誕生日は、迎えることなくちゃんと死ねたらええな」と言ってくれて、嬉しくてその場で泣いたのを覚えている。



なんだかんだで、院内のみんなと仲良くなった頃、私の退院が決まった。




「もうバカなことは辞めにして、しっかり生活してなー!」

「いつでも戻って来てね。」

「ほんとに寂しい。私も退院したい。」

「裏切りもんや!死ねー!殺してやるー!」


様々な言葉で見送ってもらった。

迎えに来た母親にわがままを言って、病院の喫煙所で、買ってきてもらったタバコに火をつけ、久しぶりに摂取したニコチンでグラグラと回る頭で、これからどうしよう、と考えていた。







家に帰ってから、ずっと、ぼんやりとしていた。

親や友達は泣いて怒り、そして大人しくなったように見えるらしい私を見て喜んで居たが、なんだかずっと釈然としない気分のままだった。


久しぶりに帰ってきた、家を飛び出した時のままの部屋に座り込み、なんとなく、仲間のようだと思っていた人たちが居たあの病院に戻りたい、と泣いたりした。



「次の誕生日は迎えることなくちゃんと死ねたらええな」



その言葉がずっと頭にあった。死ぬことを肯定されたのは、生まれて初めてだった。





何故、みんな口を揃えて死ぬなと言うのか?


何故、私はこんなにも死にたいのか?




動物の中で、自らの死のタイミングを選べるのは人間だけだ、という言葉をどこかで見かけたことがある。閉鎖病棟には、自分で死ぬべき時を選んだ人たちがたくさん居た。



どうして、それがいけないというのか?



普通の人であれば、みんな、死が来る時をじっと待つのかもしれない。


でも、神に定められたときだとか、病気なのか事故なのかはたまた老衰なのか分からないが、じっと死を待つより、自分の人生の中で自分の納得のいくタイミングが来たとき、死を選ぶのはなんだかとても有意義なことのような気もする。



私たちは、俗にいう『頭のおかしな人たち』である。

いい意味でも悪い意味でも、普通の人と違う。なら、一般的な考え方をする必要は無いのかもしれない、と思った。



お姉さんが誕生日の時に言ってくれたあの言葉に、特に意味はなかったのかもしれないし、それが正しい言葉なのかは分からない。

でも、死を肯定するその一言で、私は、誰が悲しもうと、誰に迷惑をかけようと、いつ死んでもいいのだ、と思った。

それを、自らが死を選ぶことを、認めてくれる人が居るんだ。気持ちを共有できる人が居たんだ。


そう思ったら、急に気が楽になった。

辛くなったら死ねばいい。いつでも私は死ねる。私は、私の身体は、生は、私のものだ!

高いビルの屋上から飛び降りるでも、電車に飛び込むでも、なんでも、今度こそ確実な方法でいくらでも死ぬことが出来る。

無茶苦茶かもしれないけれど、死んでしまったら、誰に迷惑がかかるとか、誰が悲しむとか、後のことは関係などないのだ。



私は、あまり『自分の意思』がない人生を送ってきた。

その私が、『死にたい』という意思を、持ったのだ。

その意思を、大事に大事にしてやろうじゃないか!





誰になんと言われようが、病気だからなのかとか、そこまでしてでも死にたい理由だとか、そんなのは分からない。


死ななければいけない!


私の人生で正しいのは死ぬことであって、それに真っ直ぐ進んでいかなければならないのだ!



この思考は、今も変わらない。自分の思うベストなタイミングで死ぬ事が私の人生のゴールだ。

自分が初めて持った強い意思だ。誰に何も言わせまい。



自ら死を選ぶことを肯定された時、認めてもらえたとき。

私はいつ死んでもいいんだと思ったとき。

それを間違ってないと言ってくれる人が居たんだ、と思ったとき。


その瞬間を胸の奥に大事にしまった。そうしたら、なんだか死ぬのはもうちょっと先でも良い気がした。






あれから2年が経った。今でも私は病気に苦しみながらも、まだ生きて、死ぬことなくこの文を書いている。


あれから、リストカットや死なない程度のオーバードーズはしたものの、自殺したい衝動を行動に起こすことは一度も無かった。


『死ぬ』ということに、拘らずに人生を送れるようになった。

それは、何故なのかは分からないけれど、


『死ねるとええな』の言葉に、すごく愛を感じたからかもしれない。

『辛かったね』『頑張ってね』『もう休んでいいんだよ』そんな風に聞こえた。



その痛みが分かる人に、その痛みを肯定してもらったら、すごく、すごく、自分に自信が持てた。



私たちは、普通になれずにもがいて苦しむけれど、『普通になる必要は無いよ』と肯定してくれる人が欲しいだけなのかもしれない。




こうやって改めて文章にしてみると、ちょっと変な人生だけれど、人より面白い人生を送っているような気がしてきたりもする。



私のこの生きている時間、人生に、もうちょっとだけ付きあってやるか、といった気持ちになれたのも、大阪の閉鎖病棟のお陰かもしれない。


苦しんで、呻いて、発狂して、殴って蹴って物を壊して、自分の身体をカッターで切って、精神薬をたくさん飲んで、時に暴れて、そうやって生きて、そんな私でもいいじゃないか。

もうどうにもならなくなった時は、アッサリ死ぬ覚悟がある。それってすごく強みじゃないか。



今でも、『死にたい』と思うことは、もちろんある。

『明日になったら』『来週になったら』


そういう風に、お姉さんの言葉を胸にして、『さぁ、いつ死んでやろうかな!』なんて考えながら、私は今日も生きている。





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主催者のめりさん、素敵な企画をありがとうございました。


それでは、また!

はじめてのハプニングバー


どうもこんにちは。風俗大好きお姉さんです。
初めてエロに触れたのは小学3年生の時で、お姉ちゃんの部屋から18禁のホモ漫画から入ったので、暫くの間エッチはお尻でするものだと思っていました。

今回は、初めてハプニングバーに行った時のことを書こうと思います。

その日、勤めていたお店でお客さまより1日貸し切りでの予約が入っていて、10時間出勤分の時間を一人のお客さまと一緒に過ごすことになっていました。

「一日ホテルの部屋を取ってあるから、近くでイタリアンでも食べてからホテルでゆっくりしようか。」

その言葉通り、お洒落なお店でパスタとお肉をご馳走になり、豪華なホテルの部屋でテレビを見ながらコーヒーを飲んでいました。

「競馬、見ても良い?」と聞くお客さまに頷くと、「今からレース、適当でいいから何番か予想してみて。それ買ってみるから。俺、呼んだ女の子に番号選んでもらうの好きでさぁ」と言うので、本当にそれは適当に「7と、3と、12ですかね。」と決めると、それがまた大当たりで、3万円が15万円程になったらしく、お客さまのテンションは上がっていました。


「本当に君持ってるねぇ。」
お礼だといって数万円を差し出すお客さまにお断りをしたところで、どうやらまだ熱の冷めないらしいお客さまが、目を輝かせながら言いました。


「良いところ、連れて行ってあげるよ。」

「良いところって、どこですか?」

ハプニングバーって、知ってる?」





古いビルのエレベーターを上がると、特に何も看板もお店のプレートも出ていない厚く黒いドアがありました。
お客さまがドアの横にあるインターホンを押すと、やたらとテンションの高い男性の「はーい!お待ちくださーい!」という声が返ってきて、ガチャガチャと鍵を開ける音にドキドキが止まりませんでした。

ハプニングバー、というと、色んなところで人がわらわらと性行為をしていたり、エグくてグロいプレイをしている、もうそこは阿鼻叫喚の場のようなイメージで、入った瞬間に襲われ、代わる代わる挿れられ中に出され帰るころにはお腹がパンパンになっている…そんな風に思っていました。

荷物を全て預けるシステムになっていて、携帯も持っていないかチェックされ中に入ると、かなり暗い照明の店内に、バーカウンターと、ボックス席、カーテンの閉められた小さな小部屋が5つ程。
人はたくさん居ましたが、特に喘ぎ声も悲鳴も聞こえず、みんなソファーの周りでまったりお話していました。
変わったところと言えば下着姿のお姉さんが居たりするくらいで、なんだか拍子抜けしたのを覚えています。


お客さまは来慣れているのかなんだか慣れた様子で、その場にいた人たちに「わー!お久しぶりです!」と言われていたり、ハグをしたりしていて、その隣でカチコチに固まる私を「今日、初めて連れてきたから、よろしく。仲良くしてあげてね。」と紹介してくれました。



私の一番近くに座ってた、かなりの常連だという40代くらいの優しそうなおじさまが、ここのこと案内してルールとか説明してあげるねと言い、私の手を取りました。

「ここが煙草吸えないゾーンね。あとは基本的にはどこでも吸って大丈夫だよ。あっちのカーテンの個室がいちゃいちゃしたりするところだけど、エッチはダメ。みんな居るここのソファーのところとか、個室の中でも、上は脱いでもいいけどパンツは脱いじゃダメ。パンツを脱いで良いのはあっちにあるプレイルームだけで、隣がシャワールームになってる。ルール守らないと意外と厳しいから、気をつけてね。ここはみんな優しいから、あんまり緊張しなくても大丈夫だよ。」

ニコニコと語るおじさまにブンブン頷くと、またソファーのところに戻りました。
お客さまが、「せっかく来たんだから、何か服着替えたりでもする?」と言い、周りに居た人達もいいねいいね、と賛同したので、更衣室に着くと、指定された穴だらけのぴっちりしたニットに着替えて、しばらくはドキドキもじもじしながら会話に加わりました。


そこからお酒も入り話も弾んできたところで、酔った様子の女の子が一人やって来て、その子もかなりの常連らしく、みんなに抱きついたりキスしたりしているうちに周りの男性陣が身体を触り始めました。

初めて聞こえて来た喘ぎ声にちょっとドキドキしながら見ていると、先程案内してくれたおじさまに「◯◯ちゃんも触ってみる?」と声をかけられ、おずおずとその女の子のおっぱいに手を伸ばしました。

そこからは、みんなで代わる代わるキスをしたり、店員さんに持って来てもらった電マを当てたり当てられたり、パンツの上から大きくなったおちんちんを触ったり…
ハプニングバーらしいことが始まって、なんだかとてもテンションが上がっていました。



「プレイルーム、行こうよ」と誰かが言って、みんな一人ずつ順番にシャワーを浴びて、待ってる人たちは絡み合って、全員がシャワーを浴び終えると店員さんに声をかけました。

「プレイルーム使いたいから開けて〜!5人で入る!男3の女2!」
店員さんが「はーい!相席だけどいい?」と鍵を持ってきて、店員さんの後に続いてみんな奥の方に進んでいきました。
鍵を開けてもらうと、そこベットでもなくクッション性のある黒いマットが敷かれた想像よりも小さな部屋で、端の方で男女がセックスしていました。



人の性行為を間近で見てすこし狼狽えましたが、すぐにこちらもプレイが始まり、個人個人で、というよりはみんなで舐めたり舐め合ったりくっついたりしながら、もうこれが誰の声なのか息遣いなのか分からない、そんなのは初めての体験でした。

時間が経って、一人の男性から「挿れていい?」と聞かれて頷くと、男性はそそくさと部屋の端のほうへ行ってしまい、キョトンとした顔で見ていると、部屋の角に置かれた箱からコンドームを取ってまた戻ってきました。


「ちゃんとルール守ってつけるから安心してね。いやじゃない?大丈夫?疲れたら途中で出てもいいんだからね。」と言われ、安心した私は色んな人と触れ合い、気がつくとプレイは終わっていて、みんなそれぞれ肩で息をしながら笑ってキスをし合っていました。


「楽しかったねー!」「やっぱ人数いるといいよね」「◯◯ちゃんと◯◯ちゃんが舐め合ってるのエロかった〜!」

なんだかみんな本当に楽しそうで、ふとお客さまを見ると頭を撫でられ、私もなんだか嬉しい気持ちで笑いました。




その後、かなり月日も立って、ハプニングバーのあの一夜のこともすっかり忘れてまた毎日風俗店で働いていました。
お店には新人さんがたくさん入店していて、お店のオーナーが「人数も増えたし女の子たちとスタッフみんなでバーベキューやろうよ」と提案して私も参加することになりました。



バーベキューはすごく盛り上がって、初めて仲良くなる女の子とテキーラを飲んだり、スマホで写真を撮ったりしながら私もかなり酔っ払っていました。
ある女の子が、「もう一回テキーラで乾杯しませんかー!」と言うので、いいねいいね、と小さな紙コップにテキーラを注ぐと、二人でぐいっと飲み干しました。



更にテンションの上がった私とその女の子が、ふざけてキスをすると、二人してすぐに固まってしまいました。

「なんか、あれ?」

「もしかして◯◯ちゃん会ったことある?」

「えー、どこだろう?でもなんか…」


「「あ」」




その女の子は、初めてハプニングバーに行った時に絡み合ったその女の子でした。
お店とハプニングバーはそこそこ遠い土地だったし、お互い名前も知らなかった上にかなり前のことだったので二人とも最初は思い出せませんでしたが、キスをしてハッと気がつくというベタな少女漫画のような展開で、その子と再会できました。



それから、その女の子とはとても仲良くなって、また二人であのハプニングバーに行ったり、ご飯を食べたりする仲になりました。




ハプニングバーは、とても温かくて、紳士な男性や素敵な女の子の居る、楽しいところでした。
何度か行きましたが、怖い思いをしたことは一度もありませんし、いつも楽しく過ごして帰れる、居心地の良い場所でした。


今度行ってまた面白いことがあれば、記事にしてみようと思いますので、その時は読んで頂けたら嬉しいです。


それでは、風俗大好きお姉さんでした。