自殺未遂遍歴


こんにちは。風俗大好きお姉さんです。
子供の頃家のベランダで小さな亀を飼っていたのですが、眺めていたら野良猫がやってきて亀を咥えて去っていくのを目撃してしまったことがあります。


今回は、私の自殺未遂遍歴について書こうと思います。

私は、今まで自殺未遂を5回やりました。まず初めに貯めに貯めた精神薬300錠のオーバードーズ、お風呂場での瀉血、道路への飛び込み、首吊り、練炭


精神薬300錠のオーバードーズは、そのまま飲むと途中で戻す、というネットの記事を見たので、半分はお水で飲み、あとの半分はヨーグルトにぶっこみ、薬入りのヨーグルトをスプーンで掬って飲み込むスタイルで決行しました。

当然死ねるわけはなく、3日ほど寝たきりになってから目覚めました。目が覚めると寝たきりだったからか身体が非常に痛くて、死ねなかったとメソメソ泣いた覚えがあります。


お風呂場での瀉血は、お湯に浸かりながらだったのでニードルを刺した瞬間に血がビュービュー吹き出して、薄れていく意識の中で親に発見され、そのあと身体が回復してからお風呂場の掃除が大変でした。放置した血ってゼリーみたいにプルプルに固まるんだ、ということを初めて知りました。


道路への飛び込みは、飛び込んだ瞬間に工事現場のおじさんが飛んできて、そのままドンっと押されてギリギリのところで轢かれずに、起き上がって工事現場のおじさんの怒鳴り声が聞こえトラックの運転手さんが出てきたので全力ダッシュで逃げました。


首吊りは、マフラーを輪っかに縛ってコートを掛けるためのポールに引っ掛け、小さなテーブルを踏み台にして、えいやっ!と踏み台を蹴り飛ばし、ジタバタしているうちに意識が飛んで、なんだか走馬灯なようなものを見ながらチカチカする脳内に、あぁ、これはやっと成功できたな、と思ったらその後にマフラーの結び目が体重で解けていたらしく、首にクッキリと跡を残した私は床で転がっていたそうです。

私の母は、自分の父、私のおじいちゃんに当たる人を首吊り自殺で亡くしていたらしく、この時ばかりは発狂されました。最低な娘だなぁと自分でも思います。


一番最近、と言っても数年前ですが、最後にやったのは練炭自殺でした。
ツイッターから声を掛けられた女の子と練炭自殺の計画を立て、車が無かった私たちはバイク電車で七輪と炭、それから着火剤を運んで、ラブホテルに入ると最後の煙草の一服をして、最低なことに、やっぱり死ぬのが怖いと言うその女の子を宥めてお風呂場に入り、意識を失ったところでまぁやっぱり気がつけば閉鎖病棟のベットで寝ているのでした。

当時練炭自殺を決行したのは大阪で、私の住む関東からは遠かったのに、警察から連絡を受けた父と母が車で夜中大阪まで車を走らせて来てくれたそうです。



私は、今でも死にたいと思うことがあります。
何故なら自分のベストなタイミングで死ぬことが自分の理想とするゴールだからです。

ただ、今はもうちょっと風俗のお仕事をしたいです。
自分で埋められない部分があるからこそ、お客さまにたくさんたくさんあげたい気持ちがあります。


私の存在を癒しだと思ってくれる人が一人でも居れば、私はそこに自分の存在意義を見出せるのかもしれません。
だから、私はおそらく自分が必要とされていないと感じたときにまた自殺計画を立てるのでしょう。


でも、なんだか私は死ねない運命にあるみたいなので、次の自殺未遂の機会があれば今度は三途の川くらい見れるのではないかと、ワクワクしています。


それでは、風俗大好きお姉さんでした。