人見知りで何が悪い


こんにちは。やよいちゃんです。

昔からずっと『タバコが吸えるおにぎり屋さん』があったら繁盛しそうだなと思っています。
先日東京駅の八重洲地下街で喫煙所に入ろうとしたら長蛇の列が出来ていて、喫煙者は肩身が狭いなぁと感じました。
喫煙所も次々封鎖されていくので、喉が渇いてなくても喫煙可の喫茶店に入ってしまうこともしばしばです。

こうやってカタカタと作業をしているときも喫茶店を利用することが多いのですが、家で作業が出来ないタイプなので毎日喫茶店に通ってお腹が空いたらサンドイッチかトースト、というループを繰り返していると、お米が食べたい…お米の粒が恋しい…とお米欲が広がります。
茶店におにぎりが置いてあったら…いや、お味噌汁と温かいお茶、そしてバリエーション豊富なおにぎりが置いてある喫煙可のお店があったら…!

このブログを見て頂いている方でお店を開こうと考えている方が居たらぜひ作って頂きたいです。



今回は、私の『人見知り』について書こうと思います。

「私、昔人見知りだったんで」というと「またまた〜」と言われることの多い私ですが、実際今も人見知りだし、よく喋るけど内面はド緊張しています。

まず、人とご飯を食べるのが苦手です。

自分の食べたいメニューを選べないんですよね。メニュー表を見て、あ!お肉たくさん乗ってるやつ美味しそう!と思っても、一緒に食べている相手が「これ野菜いっぱい乗ってていいなー」なんて言った日にはもうお肉の選択肢は消えます。
だって、お肉でがっついてると思われたら嫌だし…。私最近太ったし、デブはやっぱり肉が好きだと思われたら恥ずかしい…。よく見るとナイフで切って食べるタイプのお肉じゃん。うまく切れなかったらみっともない…。
取り敢えず無難なメニューは何かと探りを入れてからメニューを決めます。

さて、「お待たせしましたー」と店員さんが料理を持ってきてからがまた不安と羞恥との戦いです。
「そういえばこの間さー」パクパクもぐもぐ、ご飯をするする食べながら話し出す相手に背筋が凍ります。食べてる途中にうまく喋れないし、食べるペースを合わせないといけないし、あっ先にスープ飲むのね!?てかフォークとお皿ぶつかってガチャガチャしちゃってるの私だけだ、どうしよう、なんかもう味が分からん、お腹空いているのかも分からん、お腹がへんな感じがするもう早く帰りたい!!!!!!

私の場合は誰かと美味しいご飯を食べていてもこんなことで頭がいっぱいでした。そして帰ってくるとドッと疲れていて、なんいつもこうなんだろうと後悔の嵐…。

勇気を出して親や近しい人に相談したとき何度も言われた「そんなの誰も気にしてないよw」「自意識過剰だよw」の言葉も、分かってはいるのです。

電車の席に急いで座るとなんだか意地汚いかな。せっかく好きなライブに行ってもみんなのノリ方に合わせなきゃということで頭がいっぱい…。失敗したら恥ずかしい。友達がスマホ弄り出したら見るものなくてもスマホ弄らないと…。ていうか私歩き方変?私呼吸していて息荒くない?変じゃない?お腹が空いたって言えない…。

直近の私を知っている人は「うそだー!」と思うかもしれませんが、私はずっとこういった思考に取り憑かれていて、だれかと会って遊んだり、ご飯を食べたりするだけでなく、歩いていても座っていても家に居ないときは『誰か』の視線を気にして生きていました。
これって病気?ただの人見知り?気にしすぎなだけ…?

そして一番嫌だったのが職場での飲み会や二次会のカラオケ。

サラダ取り分けると「女子じゃんw」と言われるし、かと言ってなにもしないと気を使えない子みたいだし、というかこのからあげ人数分ないから食べちゃダメだよね、みんなビール飲んでる中カシスオレンジ飲んだら笑われる?というか「本当に良い子だよね」「大人しいよね」とか言わないで…。

「全然歌ってないじゃん〜ほらマイクとデンモク!なんでもいいから歌ってよ!」なんでもいいとか言って暗い曲いれたら「個性的w」とか言うんでしょ、「歌わないならタンバリンはい」とか待って待ってタンバリン渡さないで曲のどのタイミングで辞めたらいいのかわかんないじゃんかといって真面目にタンバリンずっと叩いてるのも変だし…!

本当にかなり親しくならない限りは『人』との関わりが苦痛だったし、そのために諦めてきたこともたくさんたくさんありました。

家の中では良く喋るし、本当はおとなしい子でもなんでもないのに…そう思うと悔しくて情けなくて泣いてしまうこともありました。

これは、今でも治ってません。というかずっとこのままだと思います。今はこれが私の性格だと思って受け入れているし開き直っています。

でも『どうせ私はみっともないんだから開き直っちゃえ!』という思考に辿りつくまでは何年も何年もかかりました。

「顔面にピアスを開けたら自分の意思がはっきりしてそうに思われるかも」

「きっついお化粧をしたら人見知り感でないかも」

「取り敢えず金髪にしたら舐められないかな…」

まずは見た目から!と思いましたが、特にこれは効果は出ず…


そんなときに、ツイッターで出会った女の子とのオフ会をキッカケに、私は『人見知りしない人風』を装うことができるようになりました。

というか、人見知りで何が悪いんじゃ!と開き直ることが出来たのです。

その女の子はとても美人な子で、物言いもハキハキした、いわば私の『苦手なタイプ』の女の子でした。

一緒にファミレスに入って、彼女がハンバーグのセットを頼み、私もそれを真似てハンバーグを頼んだのをよく覚えています。
しばらくして店員さんが鉄板の上にじゅうじゅう音を立てながら乗ったハンバーグを持ってきて、私と彼女の前に置きました。
いつものように緊張しながらハンバーグを食べていましたが、サイドのグリンピースとコーンがフォークでうまく掬えず、私はまた焦り始めていました。

「手、震えてるよ。大丈夫?」

「そう?そうかな、なんでかなー」


目をぎょろぎょろさせながらグリンピースと向き合う私に、彼女は熱くなくなった鉄板を持って斜めにし、グリンピースとコーン、そしてハンバーグのソースをまだ少し残ったライスのお皿にでろっと移しました。
そしてテーブルの端からスプーンを取り出し、ライスとソースとグリンピースを混ぜて食べ始めました。
そして彼女は「え、グリンピースのとこ食べないの?ちょうだい」と言って私の分までライスのお皿にでろっと移して食べました。

この彼女の食べ方が汚いとか、マナーがなってないとか、そんなことは私にはどうでもよくて、初対面の相手とここまで気を抜いてリラックスしてご飯を食べられる彼女が格好よく見えて、私は「緊張、緊張してるんだ、私」と言いました。

「緊張?なんで?」

「なんか、よくわかんないけど緊張しちゃう。人見知りなんだと思う、から手とか震えてて」

「やっぱさっきからずっと震えてるよね?w」


『緊張している私』を初めて伝えたときに、今までの緊張感が少し薄れる感じがしたのが分かりました。

それから、彼女に『私がいかに人見知りか』という話をすると、「逆に羨ましいよ。私なんか緊張感ないしガサツだし。でもそのレベルで人見知りはすごいなw」と笑っていました。


それから私は、緊張したとき、意見が言えなくなったとき、手が震えたとき、自ら言うようにしました。

「私すっごくすっごく人見知りで、緊張して手とか震えるけどあんまり気にしないでほしいんだ」

「ナイフとフォークうまくないからお箸貰ってもいい?」

「おしゃれなお店はなんだか居心地が悪いから、違う場所にしてもいい?」

『緊張している私』を開示したときに少しだけ安心できたあの感じを忘れずに、どんどん自ら『私が認めたくない私』を会話の中で話すようにしました。

もちろん恥ずかしかったし、自分の弱いところを見せるのは勇気が要りました。

でも『私は弱い人間だ』と言うことで、相手も『私だってこんなとこあるよ』と自己開示をしてくれたり、それによって仲が深まったりすることもありました。

「大人になったのにおねしょをしてしまった」といった失敗談や、太っているというコンプレックス、脇毛を剃り忘れて来ちゃった、なんて緩んだ部分、自分の恥ずかしいところ、みっともないところ、全部全部自ら先に解放してしまうと、どんどん話すことが苦痛じゃなくなって、そして自分の弱みも気にならなくなっていきました。

そして自分の弱い部分を晒して、相手の弱い部分を知っていくたびに、人間はみんな恥ずかしくてみっともない部分を持つんだな、なんて当たり前のことに気がつきました。

アイドルだって鼻くそが付いてることもあるし、あの美人なモデルさんだって下痢してトイレで神様に祈ることだってある。
会社のあの気の強そうな怖い先輩だって彼氏に振られて泣く。威圧感のあるイケメンだってお風呂に入らない日があったり、あの同級生の優しそうなお母さんだってカップ麺で夕飯を済ますこともある。どんな人間だってオナラをするし、よだれが冷たくて朝起きたりするし、口が臭いときや足が臭いときがある。

完璧な人間なんて存在しないんだ!

私は、これを長い間地道に地道に続けることによって、自分が生きやすい環境を作れるようになりました。

未だに初対面の人と会うときは緊張もするし、大人数のカラオケなんて大嫌いだけれど、どっしり抱えていた岩が石ころくらいにはなったような気がします。


ここで最近の私の恥ずかしい話を一つ。

先日毎日買い物しているSEIYUのお惣菜コーナーでうんちを漏らしました。

今年に入ってパンツを捨てたのは2回目です。

みんながもっと生きやすく、失敗やコンプレックスを語り合って楽しくすごせるようになりますように。


それでは、やよいちゃんでした!