咳止めの依存症から抜け出す

 

こんにちは、やよいちゃんです。

決意表明、といったわけでもないですが、先ほど道さん(彼氏)に、咳止めのオーバードーズを辞められていないことを打ち明けました。

 

今までは「昔はやっていたけど今はやっていない」という風に話していて、それが全て嘘であったこと、沖縄に引っ越してきてから1ヶ月の間に84錠の瓶を4〜5瓶空にしていたこと、辞めよう、辞めようと思いつつ辞められずに飲んでいたこと、全てを話しました。

 

「あのさ」

「ん?なぁに」

「咳止め、辞められてないんです」

 

泣きながらそう言った時、彼は眉間にしわを寄せていて、少し悲しそうに見えました。

 

咳止めの依存は15歳のころからでした。辞めようと思って辞められたのは半年くらいの期間だけで、あとはずっと辞めたり毎日飲む期間が続いたりしていました。

 

私が風俗のお仕事を始めたきっかけの一つとしても、咳止めの購入資金にしたいといった理由もありました。

 

私が飲んでいたのは『エスエスブロン』という商品名のもので、咳止めのオーバードーズに使われる中では一番メジャーなものだと思います。

 

辛いとき、苦しいときに飲む、というわけでもなく、単に暇つぶしや気持ちよくなりたいがために使う時もありました。

高校を卒業するとき、タンスの一番下の段には100を超える数のブロンの瓶がありました。

 

親にバレても、友人にバレても、それでも誤魔化して続けてきました。

 

今回、彼に咳止めの依存症だと打ち明けたのは、本気で辞めたいと思ったからでした。

こんなふうに言ってもなんだか信憑性がないですが。

 

私は今、彼と彼の子供の6歳の女の子と暮らしています。

この頃もずっと咳止めを飲んでいて、咳止めを飲むと、調子が良くなり、家事も捗り、子供によく構ってあげることができました。

 

夜になるとカフェインでバキバキに覚醒した頭を眠気の副作用の強い安定剤で落とし、眠って起きると朝すぐにまたブロンを飲みました。

 

彼はおそらく「最近調子がいいのかな」と安心していたと思います。

私は統合失調感情障害という精神疾患を持っています。統合失調症と、躁鬱の兼ね合わせのような病気です。

辛いときも、身体が動かないときも、寄り添って応援してくれていたのは彼でした。

仕事を辞めて、精神的に参っていた私を「沖縄に行こうよ」「暖かいところでのんびり暮らそう」と言ってくれたのも彼でした。

なっちゃんだいすき」「なっちゃんといっしょだとたのしいね」と私に懐いてくれていた子供、私のことを信頼して「結婚はしていないけど相方だ」と言ってくれていた彼を、騙していました。裏切っていました。

 

私が「今も辞められずに飲んでいる」と言ったとき、彼は「辞めようね」と言って抱きしめてくれました。裏切り者の、自分の欲求に、快楽に負けて裏切り行為をした私をです。

 

彼に、子供に、真剣に向き合わなければならないと思いました。

私は、私のやり方で、失った信頼を取り戻さなければならないと思いました。

 

私は咳止めを辞めます。彼と子供を失うことが怖いからです。

 

今『咳止めを飲むということ』というブログの記事を連載しています。

咳止めを飲んだきっかけや、それからずっと辞められずにいたこと、苦しかったこと、全て書いていくつもりです。

そして、実際に咳止めに依存している人、依存していた人、色々な人の声をまとめて記事にします。

 

道さん、りかちゃん、本当にごめんなさい、明日から、生まれ変わってまた、がんばります。

どうか、傍で見守っていてください。

 

2020 03 07